日々の事を書き貯めた「独白」
新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 総集編
新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 総集編として、
各頁へのリンクは、こちらからどーぞ。



プロローグ

1日目
2日目 前編
2日目 後編
3日目
4日目
5日目 前編
5日目 後編
6日目
7日目
8日目 前編
8日目 中編
8日目 後編
9〜10日目
番外編

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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 9〜10日目
2011年5月14日(土)/15日(日):9〜10日目

  5:00  ザグレブ   〜 Graz空港(オーストリア)
10:25発 ルフトハンザ  LH1261便
11:50着 Frunkfurt空港(ドイツ) 
13:40発 ルフトハンザ LH710便
 7:40着 成田空港第一ターミナル ※日本時間

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
今回はよくわからないけれど、無性に帰りたくなかったかも・・・・。
なんでだろうなあ。
お国柄なのかなあ。
よくわからないけれど。

ホテルからの夜景この日は、とにかく朝が早い!!!
朝というよりは丑三つ時・・・・。
外を覗くと、まだ真っ暗!
景色がまるで自宅からの眺めのようだ。
目の前、団地。
この団地では、夜の19時ごろでも公園で子どもたちが遊んでいた。
まだ明るいせいもあるだろうし、次の日が土曜日というのもあっただろう。
その声が、一昔前の自分たちが子どもの頃のようで
懐かしく感じた。

空港には、8:30くらいには着けばいいのだが、
なんだか道が順調なくらい空いていて、途中のサービスエリアとかトイレ休憩とかも
必要以上に取ったのだけれど。
サービスエリアでは、買ったコーヒーとお弁当にもらったサンドイッチを食べた。
そのサンドイッチがシンプルなのだが、とてもおいしかったのだ。
たぶん中に入っていたハムとチーズがおいしいのだろう。

集合写真!Graz空港についても時間があり、皆で集合写真を撮った。
撮影してくれたのは、地元のコーディネーターの方。
カメラが12台あったのだが全部撮ってくれた。
Hvala!

真ん中のクロアチアのでかい国旗は新婚さんが買ったものらしい。
わざわざ出してくれてありがとう。


ここでマルヤンとはお別れ。寂しい(- T)
毎日がんばって運転してくれたお礼などを渡しつつ、一人づつ挨拶。
握手してハグして、最後には頭をなでられた・・・・。
まただ・・・・。
一体、自分をいくつだと思っているのだろう<外国人
なぜか、ヨーロッパでは、とても若く見られ、年配の方に手を振られたりすること多し。
まあ、いいけどさ。慣れましたよ。

カウンターだ!
荷物が多くなってしまったので、即席で3つ目を作っていた。
鍵もかからないボストンバッグなのであるが、ルフトハンザだしドイツ人だしと、信頼をおいて。
一応、なくなっても困らないものにはしたけれどね・・・・。
一人2つまで荷物を預けられるし、人にもよるけれど、トータルの重さで通してくれるので、
2人で3つの荷物。余裕でした。
カウンターのお姉さんも結構いい加減な感じだったしね、Lucky!

離陸したプロペラ機6個くらいしか搭乗口がない小さなGraz空港では、長蛇の列だと思っていたセキュリティーチェックもあっという間に終わり、特にお土産も買うものがないので、
一応、展望室があったので、そちらにあがってみる。
おぉ〜ひろびろ〜〜。
風もなくて天気が良い!
気持ちいいいいいいー!
見ている間に、プロペラ機が1機、どこかへ飛び立っていった。

掲示板搭乗口にいってもまだ時間がある。
他の皆さんと雑談をしていると
やっと時間だ。
機内に行くにも、歩いた。
帰りの飛行機







相変わらず、軽食で出たサンドイッチはおいしくないので、
朝のお弁当にもらったサンドイッチが残っていたので、
そちらを食べた。
全然おいしいよーーーー。
1時間半くらい飛んでFrankfurt空港到着〜。
行きのセキュリティーチェックが大変だったので(自分は別に大変ではなかったが)、
皆、戦々恐々としていたのだが、帰りは比較的スムーズに終了〜。
もう、眠くて、とっとと、搭乗口へ。
帰りの飛行機2
今回も大きなA380だ!
これでエアスポットも安心♪
機内食






行きよりはおいしかったミール。
バルサミコドレッシングだけは絶品!!!!

なぜか付いていたそばつゆ





       そばが付いていなかったのにめんつゆ。
       聞いてみたら、間違って入っていたらしい・・・。
       醤油は別にちゃんとあった。

しかし、今回は成田に着くころには日付が変わって、翌日の朝!!!!!
機内で寝ておかないと!!!
と、がんばって5時間くらいは寝ていたと思われる。
が、やはり時差ぼけがあり、帰国後1週間ほどは、使い物にならない状態だった・・・・。
東京は、すごい晴れている。
行く前の、涼しい感じだったのは、どこへやら。
帰りのリムジンでも爆睡をかまし、気づいたら地元だった・・・・。
これにて、旅行終了!!!
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
長い間?、旅行記お付き合いありがとう。
また、どこかへ行った時には書くよ、きっと。

あぁ、どっか行きたいなあ〜〜。









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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 8日目 後編

ザグレブ旧市街観光の後は、本日のお宿、ホテル I(現地ではアイではなくて、と発音する)へ向かう。
その途中、また新市街も通る。

日本大使館ザグレブは首都だけあって、日本大使館が!!!
今回は幸いにもお世話にならなかったので、
わざわざ中に入る事はなかったが、
観光客が増えたといっても、やはり他の地域とは違い、
まだまだ日本人がいない。

というか、アジア人がいないのである。
たまに居ても、大体が韓国人。
中国人は国どおしのあれなのか、大人の事情なのか、
クロアチアでは儲からないと踏んだのか、
あんだけ世界中に居る中国人が居ないなんて!!!!!

話題を元に戻すと、大使館に行くに本人はめったに居なくて、
たまに行くと、日本語が恋しいのか、やたら饒舌な大使館の方々。
そして、何か日本食を持っていないかとねだられるそうだ。
クロアチアには日本食材を売っている店がないらしい・・・・。
魚も採れるし、やったら流行りそうだけど、やっぱり高いかな・・・・。
あぁ、日本米がないな・・・。

警察署大使館の近くにはザグレブ警察署がある。
あまり警察署っぽくないのだけれど、
その前に立っている、常に24時間点っている火がある。

警察官も内戦の時にかなりの数の方々が犠牲になっていて、
その方々を慰霊する火なんだそうだ。
慰霊の火



泊まるホテルは、ザグレブ中心地から車で30分ほど
郊外に行ったベットタウンの中にある。
所謂、一般人の生活の場だ。
日本で言う、マンションよりは団地が多く出現してくる。
ホテルの目の前の団地

ホテルは良くも悪くも共産圏時代のにおいをむんむんに残している感じだが、
室内はとても綺麗で、この国には珍しくバスタブが付いていた。
これで3件目なのだが、TVが付かない・・・・。
もうあきらめですよ。
いちいち、TVが付かないから、部屋を変えてくれというのが面倒だし、TV付かなくても
生活できるしでね、しかしなぜか今回はTVが付かない部屋に通されることが多かった。
ホテル・アイのレセプション






ホテルのレセプション

旅行中お世話になったバス部屋から外を見ると、ホテルの駐車場の目の前は団地群。
生活臭むんむんである。
丁度、駐車場では、自分たちが旅行中にお世話になった
バスを停めているところだったので撮ってみた。

まだ夕飯まで時間があったので、近くのショッピングモールまで、
クーナを使い切る為に出かける。
なぜかというと、クーナ→円の両替ができないのと、
クーナを持っていても、次回来た時にはユーロになっている
可能性があるからだった・・・・。

アリーナ・ザグレブホテルの丁度お隣には、アリーナ・サグレブという
ハンドボールの世界選手権が行われた時に
建てられたという、今は多目的ホールとして使われている
建物がある。
レディー・ガガも、ここでLiveをやったそうだ。
真っ白いたまねぎみたいだった。

そのさらに隣に、目的のショッピングモールがある。
その名も、アリーナセンター。
大きな郊外型のショッピングモールで、ZARAやH&Mなんかもあったが、日本にある店に行っても意味がないので、
ない店に入る。アリーナ・センターそーいう所の方が、目新しくて、掘り出し物があるのは、
すでに、CANADAのバンクーバーで嫌というほど承知していた。
なので、当初は買う予定のなかった、ブラウスなど購入。
こーいう方が、普段着れるので、旅行の思い出になる。
しかし、迷うな〜w

そうそう、ZARA HOMEとかいう、ZARAのインテリア雑貨の店があった!
安くはないけれど、初めて見たので、ちょっと面白かった。
しかも結構、シンプルでおしゃれな感じだった。

そんなこんなで、クーナもほぼ予定通りなくなり、皆さんで集まって摂る最後の夕飯。
(明日の朝は、早すぎてお弁当がでるのである)
普通は、同じ場所で食事を取らない、添乗員さんやドライバーさんも一緒に夕飯だ!
おいしいスープにサラダにザグレブ風ステーキ、最後はデザート。
すごい強いラキヤという食前酒も出た!
なんと、40度以上もある。
一口なめただけで、すごいことになった・・・・。
この時は、皆さん、お話に花が咲いた感じ。
とても楽しかったなあ。
ザグレブ風ステーキ

(つづく)

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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 8日目 中編

クロアチア首都ザグレブ
さすがにここは都会である。
さてさて、やっとザグレブ旧市街地の散策開始!

新市街はネオクラシック・ユーゴ時代・それ以降の新しいビルが混然としていた。
これはまさにこの国の歴史を物語っていると言っていいだろう。

大聖堂旧市街地は一貫して、ゴシック様式とバロック様式の建物が多く、中世の街並みが残っている。
とりあえず、旧市街の象徴である大聖堂へ!
柔らかい砂岩を資材としてつかったためとても傷みが激しく
石灰岩に置き換える修復がずーーーーーと続いているらしい。
かなりのんびりとやっているらしく、一体いつ終わるのやら・・・。

この大聖堂は、どこからでも見ることができる2つの鐘楼が象徴的で、
各々104mと105mあるそうだ。


黄金のマリアその前には、金の聖母マリアと4人の天使がいる噴水がある。
かなり天気が良いと、まぶしいのである。

早速、中に入ると、かなり広いことがうかがえる。床は綺麗なモザイクで、たくさんの祭壇が右にも左にもある。
主祭壇の前には、ザグレブ大司教・ステピナッツのお墓があったりと、
盛りだくさんな感じだ。
床のモザイクステンドグラスステンドグラスもとても美しい。

グラゴル文字
さっぱり何が書いてあるかわからない、グラゴル文字
スラブ圏で使われているキリル文字の元祖だそうだ。
ただ、自分たちにはなじみが薄いので、
グラゴル文字だかキリル文字だかの区別が全くつかないのが悲しい・・・。

フレスコ画あまりはっきりと見えないが、
フレスコ画もある。
こちらはマリア様だそうだ。






司祭様だけが登れる階段司教様しか登れない、
螺旋階段の手すりも見事!
これかなり自分的にお気に入りで、
なでなでしてきた・・・・。

こんな絵画も!比較的新しいが、こんなでかい絵もある。

城壁大聖堂を出ると取り囲むように、要塞として作られた城壁がある。
こちらは、1880年に起きた大火事で被害を受け、
修復された大聖堂とは違い、被害もなく、
オスマントルコから守る為に建てられた、16世紀の
ほぼ当時の姿のままである。




次はドラツ市場だ。
ドラツ市場
青果市場で、確かに野菜や果物がメインで、所により肉や魚もある。
これが旅行じゃなかったら買っていたのに!!!というくらいおいしそうで、しかも安い。
たまに、観光客用におもちゃなどが売っている所もあったり、
花の苗なども売っている。
本当にザグレブの中心的である市場だ。

ドラツ市場から、街中を抜け、カプトル地区グラデツ地区を分けていた元川であった
トゥカルチャ通りに出て、その小川に架けられていた血の橋と呼ばれていた、
橋のあった通りに行く。
なぜそんな物騒な名前なのかというと、中世時代にカプトルグラデツの間では
経済的利用で諍いが絶えず、ここで流血騒ぎがあったため、そのような名前になったそう。
今じゃ、その名前しか受け継がず、短い通りになっている。
血の橋
石の門そこを抜けるとすぐに石の門にたどり着く。
これはグラデツ地区の門で、1731年の大火事で奇跡的に無傷で残った
聖母マリアのイコンが納められている。
残念ながら、礼拝堂の柵は閉められていたが、
この後奇跡が起こる!!!!
柵のしまった礼拝堂
Hvala!の文字ばかり
礼拝堂の左には、多くのプレートがある。
ここにお願い事をしに来て、叶った人々の感謝の気持ちが
書かれたもの。

なので、ほとんど全てに「Hvala! 」(ありがとう!)と
刻んである。
ザグレブで一番古い薬局石の門を抜け、カメニタ通りをちょっと行くと、
ザグレブで一番古い薬局がある。
こちらの薬局、1355年から、現在も現役。
ヨーロッパはこんな薬局が多い。

ちなみに
ドブロヴニクのヨーロッパで3番目に古い
マラ・ブラーチャ薬局は、1317年開業だそうだ。

そのまま坂を登って行くと、空が開け、昔の中心地・マルコ広場に出た〜!
でも何だか黒塗りの車や、警官、パトカーなどがいて物々しい。
これは聖マルコ教会を挟んで、
右に国会議事堂、左に首相官邸があるからだった・・・・。
なるほど〜〜。
日本で言う、ここがクロアチアの官庁街!?
聖マルコ教会
聖マルコ教会は、屋根の美しいモザイクが特徴。
右がクロアチア王国
左がザグレブ
の紋章。

似たようなモザイク屋根は、
オーストリア・ウィーンの象徴・シュテファン大聖堂である。
                    ↓参考までに・・・
                    ステファン大聖堂の屋根
国会議事堂










国会議事堂
首相官邸






首相官邸
はりつけられた場所
この広場の丁度、真ん中あたり、聖マルコ教会の真ん前に、こんな場所 → がある。
これは、16世紀に貴族と農民の争いがあり、
農民一揆のリーダーを務めたマテヤ・グベツ
熱せられた鉄の冠をかぶせられ、農民の目の前で
処刑された場所と言われてる。

マテヤ・グベツの顔広場の建物の一角に、
人の顔が彫られているのだが、
これが、マテヤ・グベツだという事だ。

マルコ広場からまっすぐに下るチリロメトドゥ通りを行くと、
バロック式の宮殿が保存されていたり、
旧市庁舎があったり、
ナイーブ・アート美術館があったりする。

ナイーブアート美術館のカフェそのナイーブ・アート美術館のカフェがオサレでねー、
ぜひ、あんなところでゆっくりお茶したいものだ。


そのカフェがある広場はカタリーナ広場であった。
ここには、ザグレブで最初の高等学校があったり、
聖カタリーナ教会がある。
聖カタリーナ教会
この教会は、ザグレブで一番美しいバロック様式の教会だと言うことだ。
ちょっと行くと、見晴台があり、ザグレブのダウンタウンが一望できる。
カタリーナ広場の見張り台からの眺め
ロトゥルシュチャック要塞


見晴台の後には、ロトゥルシュチャク要塞がある。
これは、13世紀に作られた城壁で現存する唯一のもので、
一番上の鐘楼から、正午をお知らせをする空砲がなるらしい。
一度聞いてみたいものだ。

ここには、ケーブルカーの駅?もある。
長さ66m、高低差30.5m、わずか28人乗りの
世界でもっとも短いケーブルカーだ。
なかなか見ているとかわいい感じである。
短いケーブル

イラチッチさん見晴台から下に伸びるなだらかな遊歩道(この遊歩道がなかなかの曲者で、なだらかな割りにかなりの距離であった・・・・)を降りて行き、
ザグレブの現在の中心地・ イラチッチ広場まで出るとフリータイム!
イラチッチ広場は本当に中心!
なんか都会だなーって感じw
市内地図

ザグレブはトラムも走っていて、市民の足になっている。
かわいいトラム






たまたま来た赤いトラム

ケーブルカー別に買いたい物もないので、せっかくだからと、
ケーブルカーに乗ることにした。
またダウンタウンからの乗り場がなかなか見つからなくて、というか、
思ったより距離があったのだが、乗り場を見つけて、
4クーナ(約70円)を払い、無事乗車。
10分おきに出てるとの事だったが、たぶん7,8分待って、
動き出す。
あーーーと言う間に先程の見晴台にある乗り場に着いてしまった。
乗車時間は、約1分弱・・・・。
待ってた時間の方が長いじゃん・・・・。
切符はそのまま持ち帰ってよいので良い記念になった。
ケーブルカーの切符

柵が開いていた!さっき来た時より、雲もなくなり晴れ間も見れるようになってきて、
もと来た道を戻る形を取った。
丁度、石の門まで戻ってきた時に、礼拝堂の前にシスターがいらっしゃる。
何するんだろう?と見ていると、なんと柵を開けているではないか!!!!!
おぉぉぉぉ、ラッキーーーーーー。
聖マリア様を生で拝むことができた!!!!
うれしいなあ。

自分は、キリスト教でもない無宗教なのだけれど、
思わずお祈りしてしまいましたよ・・・・。

そんなこんなで、色んな通りをぶらぶらし、
ウィンドショッピングなんぞをしつつ、
集合場所に戻り、ザグレブ観光が終了した・・・・。

(つづく)







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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 8日目 前編

2011年5月13日(金):8日目

AM:プリトヴィッツェ   〜 スルン村  〜 ザグレブ 〜(昼食)〜 
PM: ザグレブ旧市街地観光  〜 ホテル・アイ
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とうとう、実質最終日がやってきてしまった。
本当に楽しかった。
来て良かったと思う旅行だったなー。

スルン村AM9:00 プリトヴィッツェを出発。昨日に続きかなりゆっくりした出発だ。
本当は、ザグレブまで直行なのだが、やさしいマルヤンは途中のスルン村の絶景スポットで停まってくれた。
逆路線なのに〜〜。
本当にドライバーがマルヤンで良かった。
おいしいワインやらビールやら、その地方の有名な場所、
色んな事を教えてくれた。

この村はとても牧歌的で、やはり水量があるので
水車があったり、大きな滝・ラストケの滝がある。
ラストケの滝
ザグレブまであと1時間というところで、戦争博物館がある。
そこは車窓から覗いただけだったが、ぼこぼこの戦車や建物・飛行機・大砲などが置いてある。
中には資料なども展示してあるそうだ。
さらしてある建物や戦車は、他のどの国で見たものよりも新しく、
歴史というには、まだまだ日が浅い感じがした。
戦争博物館の戦車戦争博物館の大砲と建物
実は、このツアーとても日にちが良くて、
こちらに居る間はずーと平日だったのだ。
平日ということは土日の半ドンとかお休みという店がなかったのである!!!
(シエスタで閉まってたパタンはあったけど・・・・・)

金の熊レストランあとは本当にザグレブまで直行〜〜〜!
しょっぱなお昼だ!わーいわーい。
金の熊という、ビール醸造所がメインのレストラン。
さすがに醸造所。
の3種があり、どれもおいしい♪
この先の観光を考えて、の中ジョッキにした。
それに、チキンのソテーが合うのであった!
チキンのソテー
レストランは新市街地にあったので、食後、旧市街地まで行く間、
新市街地を通る。
博物館があったり、美術館があったり、こちらにも時代時代の影響が色濃く残っており、
オーストリア、イタリア、ドイツなどのそれぞれの建物がある。
そんな中、たまーーに古いビルには、銃弾の痕なんかももれなくついている。
忘れてはいけないね。
新市街地
クロアチア芸術教会

銃弾
銃弾の痕のあるビル

(つづく)

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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 7日目
2011年5月12日(木):7日目

1日中: 〜 プリトヴィッツェ湖群国立公園観光 〜 ホテル・イェゼロ
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朝起きた瞬間にカーテンをがらっと開ける。
目の前はもうすでプリトヴィッツェの森林だ。天気は最高に良い!
これは日に焼ける。
ほんの5分くらい行けば、もう公園の入り口!
連泊でもあり、朝からのんびり〜〜〜。
外に行くにも、この日1日ずーと外なので、部屋でゆったりしてた。いつもより遅めの朝食。
本日はバスを出す予定がないので、ドライバー・マルヤンは1日お休み。
食堂で「ドブロ・ユートロ♪(おはよう〜)」と、ご挨拶。

なぜ、この日は1日歩きになったかというと、園内は環境の配慮で電気バスと電気船のみ。
ただ、この電気バス。シーズンに入るととてもじゃないくらい人が乗ってしまい、
その為、シーズン直前の現在は、バス停の整備中であり、上の湖群近辺では全く走ってないので、
歩いて上まで行って、帰ってこなくてはならなくなったのだった。
という訳でAM9:00に出発進行!
プリトヴィッツェ第2入り口






公園2番入り口。ホテルから約5分。
マイナスイオン満載
この公園は、標高636mから503mまで約8kmにわたって
滝で結ばれる階段状に並んだ上流の湖群と下流の湖群からなる
16の湖と92箇所の滝が美しい景観を作り出している。
1979年に世界遺産に登録されたそうだ。
湖はミネラルや有機物の量、太陽の角度によって、紺碧・紺青・灰色
に変わる。

内戦の時にはかなりの激戦地で、危機遺産リストに登録された。
内戦が終わると、政府は公園観光の収入の大きさを鑑みて、
一帯の地雷撤去を最優先に行い、1997年には危機遺産リストから
はずされて、
さらに、範囲も広がった分、その分も2000年には世界遺産に登録された。

なんか、そんなの判らない位、内戦の傷跡はここでは見られない。
本当、平和な湖である。

コジャック湖横断中入ってすぐに、森林浴開始。
マイナスイオン浴びまくって、時間も早いので、気持ちが良い。
まずはボートでコジャック湖を渡り、上の湖群見学へ。







こんな道をずっと渡るほとんど、湖の上に渡した木造の道を歩く。
山肌のような場所も歩くけれど、やはり水場が綺麗なのである。
日本ではあまり見かけないような、植物なども生えていて、
皆それぞれ写真を撮りながら、歩く。

途中、水色のトカゲウグイなどの魚も居て、
シーズン前といっても、新緑がとても綺麗で人も少なく歩きやすい。
これが、シーズンに入ると、行列になるそうだ。
それは嫌だなあ。

滝の数がべらぼう!            こんな所や →





こんな所 ↓ を歩いた。
ハイキング以上トレッキング未満

石灰華石灰華がついて白くなった枝。
これがどんどん堆積して、自然のダムとなっているのが
この公園。
これに近いのが、中国の九賽溝だとか。
中国よりもクロアチアの方が個人的には好きだなあ。
九賽溝行ったことないけどw

水しぶきあたる!

この公園、自然をそのままに残すことが決められているので、
たとえ倒木したりとかしても、最低限しか手を入れない。
例えば・・・・

道に寸断された倒木





倒木した木をどかすのではなく、
道にする部分だけ切るとか・・・・、



雷で割れた木 










              雪の重さだか、雷だかで折れてしまった木は、
              そのままにしておく、等々。

そーいや、この公園。冬でも一応歩ければ入れるけれど、
かなり雪が積もるので、行ける所は限られるらしい。
が、雪で真っ白になったプリトヴィッツェも、なかなか情緒があって綺麗だそうだ。
冬に行くのだったら、恐ろしく寒いので、完全防寒でお出でませ・・・。

上の湖群を登りきり!最上部のプロシチャンスコ湖まで行った!途中休憩した小屋
20分ほどの休憩の後、朝一番に乗ったボート口まで
ひたすら降りるのみ。
降りながらも綺麗な湖を眺められるってうれしいなあ。
透き通っていて綺麗透き通ってる!

この後、ボート乗り場に着いた途端、なんと事件発生。
36人中16人が迷子だということ。
添乗員さんの携帯に、「はぐれてる」と連絡が入ったそうだ。
山の中、死にはしないだろうけれど、道をよく知らないと同じ所をぐるぐると周ってしまう。
どうやらその現象に陥り、同じ道を何度か周っていたとか。
周りにあるのは、滝と湖と木々だけ!
どこに居るの?と聞いても、そーとしか答えられないし。
ただ、またそこで探しに行ったりすると、その人たちも迷子になる可能性があるので、
ボート乗り場で待つしかないのだった。

30分ほどボート乗り場で待っていると、帰ってきた!
行きかう人たちに道を聞き、同じ場所に出ないように5mずつ確実に進んできたそうだ。
すばらしい野性の感!
しかし良かった良かった。

鱒(養殖)の炭火焼こんなことも起き予定より1時間ほど遅く昼食。
ずーとレストランで待ちぼうけをくったマルヤンごめんね。

本日のお昼は、鱒の炭火焼チョコレートケーキ
ここでもビールを500mlほど飲んだが、
暑かったせいもあり、午後も支障なく公園内を散策。
昼からビールってし・あ・わ・せ♪

暑い中、レストランの中では夕飯用に
羊の丸焼きが始まった!
夕飯はこのレストランではないので、
自分たちは食べられないけれど、かなりおいしそうだった・・・・。
羊の丸焼き

レストランはホテルの近くなので、こちらでギブアップ組みとは分かれて、
午後は、下の湖群へ。
半日散策の日程だと、下しか行かないそうだ。
こちらの方がメインの大滝もあるからだろうが、湖の青さは上の方が綺麗だ。
やはり全部歩かないとね!
苔むす木木に生えた苔もかなりの年数を物語る。
きっとこいつらも内戦の火を見てたんだろう。
自然の強さを感じた。




上からの眺めそんな下の湖群は最初は下り(当たり前)。
展望台からの眺めは、
よくガイドブックで見る眺め!
よく見える!!
が、よくよく考えたら、これから
あそこまで下りるのか・・・と。
が、がんばったよ。
思ったよりも、坂は急ではなく、緩やかな山肌を下りていく。
そんな一番下には、大滝がある!
大滝
近くまで行くと、水がかかる。
本当に綺麗だ。白糸の滝より綺麗w。
マイナスイオン、ここではさらに強くなる感じだわ。

ここで10分くらい撮影タイム!!!!
皆、休みを含んでいるので、ゆったりと優雅に。
そしてもとの場所へ戻るのだが、道は違うのでそれはそれでとても楽しい。
今までに見られなかった
洞穴などもあったり、
洞穴ミルカ・トルニナ滝世界的に有名なミルカ・トル二ナが愛した滝がある。
それこそ、ミルカ・トルニナ滝!
ザグレブでの公演の収益を
この辺りの整備の為の費用として寄付したそうだ。
そんなに好きな滝に名前をつけてもらって、
本望だったろう。


やーと最後そしてもう最後。
木の道も広くなる。
足取りも軽やかに?

しかーーーし、最後の最後。
2番入り口の手前は100段ばかりの急な上り。
ここが一番、公園中で急なんじゃなかろうか!と言うくらいだった。
最後まで気が抜けないところが、プリトヴィッツェだな。

夕飯まで若干時間があったので、
母はシャワーを浴びていた。

そして夕飯。
本日はホテルでビーフストロガノフ。
ご飯もなかなかおいしかった♪
ビーフストロガノフ

皆様お疲れ様でした。
お部屋の鍵

(つづく)
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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 6日目
 2011年5月11日(水):6日目

AM: 〜 モスタル(昼食) 〜
PM: 〜 ひたすら北上 〜  (夕食) 〜 プリトヴィッツェ 〜 ホテル・イェゼロ
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
途中のStonという街の城壁この日はひたすら海岸線を北上。
移動距離が尋常じゃないのだが、
途中のストンという街(塩が採れる)の城壁を眺めたり、
ムリュト諸島の美しい島々を眺めながら、
ドライブである。

銃弾痕のすごい建物やっとのことで、
ボスニア=ヘルツェゴビナ
モスタル到着。
駐車場から街に出た途端、銃弾痕のすごい建物のお出ましに、
内戦が本当に直近であったのを実感する。

この土地はかなりの激戦区で、ほぼ街が壊滅状態だったのだが、復興は1999年から始まり、2004年にはほぼ再建されたのである。
なので、今自分たちはここを何事もなく観光できるのだ。
ただ今までに訪れた街とは違い、いたる所に激しい内戦の跡が伺える。

そんな中、世界遺産に登録された旧市街地の入り口には、再建されたスタリ・モストという象徴的な橋がある。つるつるした橋の石
ちょっとした太鼓橋!
石で出来ており、とーーーてもつるつる。
雨が降ってなくてよかったよ〜〜〜。
ここの橋はネレトヴァ川にかかっていて、
この川を境に、ムスリム人居住区をクロアチア人居住区は
いまだに分かれている。

対岸から眺める旧市街地
そんな橋からの眺めは、とても平和である。

しかし旧市街地はミニ・トルコだ!
メイン通りを挟んだ両脇のお店はトルコに来たような品揃え。
ここは15世紀から19世紀にわたり、オスマントルコ帝国に支配されていた影響だと。
なかなか、面白い通りである。
ぼこぼことした通りの石
市場                       市場もとても楽しい。


お昼は、トルコ風ソーセージとピタパン料理の
チバチッチ
なんかどっかで食べたことあるような味。
ここで飲んだサラエボビールは絶品!
おいしかった〜〜〜。
チバチッチに合った。
チバチッチトルココーヒー食後のトルココーヒーは粉状に挽いたコーヒー豆が沈んだら
上澄みを飲む感じ。
とても濃くて、たしかに砂糖を入れないと飲めないかも。
母はこの後、バスの中で気持ち悪くなるが、どうやらこのコーヒーが原因だったようで、
胃がやられたっぽい。
食事中に、にわか雨。
おぉ〜〜。丁度、大きなパラソルが開いている席に座っていたので濡れずに済んだ。
食事が終わる頃には、また太陽が顔を見せ、さっきの雨が嘘のようだった。

崩れた建物食事後、モスタルを自由散策。
メイン通りから、ちょっと外れた途端に、崩れた家や
銃弾痕が残っている家などがたくさんある。
銃弾痕のある扉
そして、お墓も多い。
その墓石を見ると、1992〜1994年に亡くなった方がとても多く、
自分と同世代や若い方もすごいたくさん居た。
本当、とても悲しい気持ちになる。
おびただしい数の墓旧市街地から見える山の上に十字架
モスタルの裏山にも、慰霊碑としての十字架が建てられていた。
こんな事は、もうおきて欲しくないと言う願いも込められているように
思う。




メイン通りメイン通りに戻ると、さっきまで人がいっぱい居たのに、ほとんど居なくなってしまった。
もしかしたらお昼休み???
それとも日差しが強くなってきたので、どっかいっちゃったのかな?ってくらいw
スタリ・モストがとーてもよく撮れるPointにも人が居らず、
ばっちり撮ってみたw
スタリ・モスト
93を忘れるなそしてゆっくりと集合場所の駐車場へ戻る為、
再びスタリ・モストを渡ると、
"DON'T FORGET '93"と書かれた石が置いてある。
まじで忘れてはいけない!
と思う。

駐車場の近くには、この土地では珍しいカトリック系の教会・聖ペーター教会が建っている。
とても新しいので、この教会もきっと、内戦後に建て直されたのだろう。
聖ペーター教会

こっからは、プリトヴィッツェに向けて、本当に移動のみ!
実は、1日で500km近くを北上したのだ。
まるで、どうでしょうのアメリカ大陸横断とかオーストラリア縦断並の強行軍!であった。

途中、やさしいドライバー・マルヤン(58歳、孫6人持ち)が、4日目に訪れたクルカ国立公園
ヴェレビット山脈が一望できる展望台などに停まってくれて、気分転換になった。
クルカ国立公園の橋ヴェレビット山脈

空もいい感じで怪しげ?wであるが、途中のドライブインで降りた
マスコットの緑の牛はかわいかった♪
緑の牛












夕日夕日もなかなかの情緒をかもし出す。
こんな平和な毎日でごめんなさい。





サルマ
夕食は、コレニッツ村でザワークラフトにコンビーフが入っているような、
クロアチアのロールキャベツ・サルマを食す。
赤いのは、トマトソースではなくて、パプリカらしい・・・・。
とても微妙なお味で、ほとんど残してしまった。
リカ風ドーナツデザートに出た、げんこつみたいなリカ風ドーナツは、
甘すぎずおいしかった。



レストランから20分位で、泊まるホテルの
ホテル・イェゼロ到着。
母が車酔いの為、レストランでの食事をほとんどとれなく、
出発時に成田でもらった、即席おにぎりと持参した味噌汁で、
なんちゃって日本食を堪能。
このおかげで、母、何とか生き延びる。
そして、バスタブもあったので、お湯をはり、本日の移動距離の長さを癒す。
ベッドも大きくて良かった♪
本日のお部屋

(つづく)
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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 5日目 後編

あ〜ぁ、Web AlbumをUPしたので、満足感〜♪
ここが途中で終わらないようにしなくては・・・。
自分の覚書としても書いてるので。

というわけで、5日目・後編(ドブロヴニクの後)です。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
さぁ〜、とうとうモンテネグロのコトルへ出発!!!!
この旅行のちょっと前まで、セルビア=モンテネグロだと思っていた馬鹿者です・・・・。
2006年にそれぞれ、セルビアモンテネグロに分かれてたよ。

モンテネグロは、黒い山という意味で自国ではツルナ・ゴーラCrna Gora)と呼ぶそうだ。

ドブロヴニク全景
で、ちょっとその前に・・・・。
ドブロヴニクが一望できるPhoto Spotに停まってくれた。
たぶん、ガイドブックなどでよくみる景色がここからである。
風が強かったけど、晴れてて良かった〜〜〜♪
絶景!

モンテネグロ入国はとーーーても大変!と聞いていた。
下手すると、1時間もざらじゃないと!
でも、日本人だし(大震災があってから日本人観光客にはどの国の人も優しい)、
袖の下?の水2本で何とか短時間で国境通過!
今回の旅行は地続きの国を行ったり来たりしていたので、スタンプが増えた!
しかも飛行機マークではなく、車マーク
これもヨーロッパならでは!ユーロ以外ならでは!である。

コトルは、カルスト地形で、湾がとーても入り組んでいる。
ちょっとしたフィヨルドである。
こんなクネクネ道、大型バスが走るもんで・・・・。自分では無理そうw。
ボカ・コトルスカ(コトルの口)と呼ばれる世界遺産に登録されている景色を車窓から眺める。
で、そんな景色を素通りするのはもったいないと、
石灰岩の山!また予定になかったPhoto Spot 2箇所にストップ!
1つ目はコトル湾リサンという場所。
コトルの入り口の村。

本当にまるで湾とは思えないくらい入り組んでいて、
まるで湖のよう。
向こうに見える石灰岩の山が異状に綺麗である。

岩礁のマリア2つ目は、ペラストという村。
ここからは、昔、岩礁で聖母マリアのイコンが発見され、ここを聖なる場所とした漁師たちが石を運び人口の島にして、教会を建てた、岩礁のマリアと呼ばれているカトリック教会セルビア正教会の2つが仲良くみれる。
まるで、それぞれが自分の意思で海に浮かんでいるようだ。

やーーと海岸線が終わり、コトル到着!!!
簡単に言えば、ドブロヴニクの小型版。
城壁と海と川に囲まれた三角形の旧市街地はとてもコンパクトで、1時間もあればぐるっと周れるくらい。

海の門まずは、海の門(西門)から町に入る。
と、すぐに武器の広場という広場があり、そこから望める城壁の凄さ!
実は、ただいま絶賛整備中で、城壁めぐりはかなりの体力がいるそうだ。
今回は時間の関係上、城壁は周れなかった。
しかし、よく見ると、
ちーーーさく、人が歩いているのが見える。コトルの城壁
まじっすっか?
その広場には時計台があり、
しっかりと時間を刻んでいる。その時計台の前には、
ここにも恥の柱が!!!!
一体、何人の人たちが見せしめのために、括られたのだろうか?
コトルの恥の柱時計台と恥の柱

旧市街地散策開始!
ヨーロッパではどこでもそうだけれど、ここもご他聞に漏れず、ほそーい道をくねくねと行く。
きっと一人で歩いたら、確実に迷う自信あり!
そんな小道を行くと、次の広場に出る。
小麦粉の広場には、1667年の大地震のあとに建設されたルネッサンス・バロック様式の建築物で正面のアーチ形の門やその上のバルコニーなどに時代の特徴を感じさせてるピマ宮殿がある。
ビマ家邸宅ピマ宮殿

聖トリフォン大聖堂次の広場・聖トリフォン広場には、聖トリフォン大聖堂だ!
聖トリフォンの遺品や遺骨を収める教会としてこの大聖堂を建設したとされている。

ちょっと抜けると、コトル唯一の公共の井戸として親しまれてきた
カランパーナがある。
本当に、カフェの椅子の間にある!
公共の井戸カランパーナ

細い道をどんどん行くと出てくる出てくるという感じで、教会が多い。
セルビア教会









セルビア正教会の聖ニコラス教会




聖ルカ教会










こちらもセルビア正教会の聖ルカ教会



小さいと侮ってはいけませんな・・・・・。

フェリーこの街に1時間ちょっと居て、ドブロヴニクに戻ったけれど、
今度は、コトル湾をショートカット!
こりゃ便利。
バスごと乗って、つかの間のクルージング。

夜景ホテルには夕日
間近に到着。
夕飯を食べて、時間があったので、
ツアーでご一緒した方と路線バスでまたまたドブロヴニクの
旧市街地へ繰り出す。

夜はおみやげ物などのお店はやってないが、
飲食店がかなり遅くまでやっている。
夕飯を食べてなかったら、何か食べたいところだが、もう胃袋には、入る余地はなかった。
オープンレストランを眺めつつ、ライトアップされた教会は、
とても幻想的で、ちょっと得した気分。

夜のプラツァ通り











プラツァ通り
夜の旧港






旧港
夜のミンチェタ要塞











ミンチェスタ要塞

片道10クーナ≒170円で、終点から終点までのバスなので迷いようがない。
ホテル近くのバス停からホテルまではちょっと道が暗くて判りづらいが、
ホテルのネオンがこうこうと照っていたし、
同じバスに乗っていたイタリア人夫婦が、
「ホテルネプチューンかい?じゃ、着いておいで。
僕たちもそこに泊まっているんだ!」と、親切に案内してくれた。

いやー、旅行ってこういう出会いがあるから楽しいのだ。

旧ユーゴの国々は治安も良くて、夜に歩いていても、よっぽどじゃなければ
危険なことはないと言う。
それも実感できた夜だった。

とても良い気分でこの日も終了〜〜。

(つづく)













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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 番外編
週末がんばった!<自分
すげーがんばったよ。ホント、マジで!
なんと、Web Albumができた!!!

行った場所なども、できるだけ調べて名前を入れたけれど、
若干不明な場所が・・・・。
誰か知ってたら教えて〜!

という事で、
下記から覗いてみて〜〜〜。

新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ Web Album

<注意>
かなりの枚数があるので、
お時間のあるときにでもゆっくりご覧あれ〜〜〜。
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新クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニア=ヘルツェゴビナ 5日目 前編

2011年5月10日(火):5日目 すごい

AM: 〜 ドブロヴニク旧市街地 〜  (昼食) 〜
PM:ドブロヴニク・スルジ山〜  コトル〜 ドブロヴニク〜 ホテル・ネプチューン
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
アドリア海の真珠と呼ばれているドブロヴニク旧市街地!
朝、まだまだ教会なども開く前から、とうとう来た!
これって正解!
城壁内の歴史遺産を説明してくれる時に、他の観光客が多いと、かなりうるさくなるしね。
ということで、あまり人がいない感じで、写真も良く撮れるw

こちら、1991年から危機指定世界遺産に指定されるくらい(旧市街地の70%と言われている)内戦で破壊されたのだが、
1995年の内戦終結、ユネスコのボランティアで街が修復され、
1998年に再び世界遺産に登録された。
そのくらい、爆撃の跡も見当たらないくらい、美しく復旧したのだけれど、
よくみると、その無残な跡は多くの場所にある。

西門としての入り口の跳ね橋であるピレ門より入り、2重門の2つ目をくぐると、
まーーーーーすぐ伸びるメインストリート・プラツァ通りを闊歩する。
ピレ門










ピレ門



プラツァ通り










プラツァ通り



雲ひとつない快晴!
日陰がないので、直射日光もろ浴びである・・・・。
フランシスコ修道院プラツァ通り入って、左にはフランチェスコ会修道院
フランシスコ会修道院の回廊ここの回廊は素敵である。
ロマネスク様式になっていて、
すっかり、ヨーロッパ人気分♪

この修道院の中にある
薬局は、ヨーロッパで3番目に古い現存している薬局・
マラ・ブラーチャ薬局!
そこのコスメは、修道院で栽培したハーブをふんだんに使用したもので、
マラ・ブラーチャ薬局かなり人気が高いのだとか!
ということを事前に調べ、Free Timeになった時に、真っ先に買いに行ったのである。
まがい物が入っていないので、開封したらなる早で使った方が良いらしい・・・・。









大噴水プラツァ通り右には、オノフリオ大噴水。こちらの噴水。湧き水がまだ沸いていて、
ユリアンアルプスの天然水なので、飲まなかったけれど、おいしいらしい。

プラツァ通り
まーすぐ突き当たった場所は、
ルジャ広場といい、そこには、
物差しとして使われたローラント像・スポンザ宮殿・
聖ウラホ教会
がある!

ローラント像










ローラント像
スポンザ宮殿










スポンザ宮殿の時計塔
聖ウラホ教会






聖ウラホ教会
いやー、世界遺産って本当にすごいなー。
見所たくさん!

広場を右に折れると、総督府大聖堂
旧総督府
大聖堂






             大聖堂

総督府

旧港からの眺め旧港

大聖堂から旧港を経由、再びピレ門より待望の城壁めぐり!!!
いや〜、これがまた、高所恐怖症の自分には、ピレ門からの
入り口は怖い!
階段狭いし、手すりスカスカだし。
高いし、反対側はまっさかさまに、海だし!!!
なかなかの風も強く、ちょっと煽られながらも、しっかりと景色は見る!!!
もっとゆーーーーくり見たかったよぅぅぅ。
城壁からの眺め
生活臭城壁では、結構人も住んでいて、こんな生活臭むんむんな
雰囲気で青空の下、洗濯物が干してある。

しばらくのFree Timeのち、本日のお昼!
スープとイカのグリルとクレープ。
片付ける時に、背中にフォークを落とされるというハプニング発生!
本人はそうでもなかったのだが、周りから見たらかなり怖かったとのこと。
ほ〜〜〜、びっくり。
イカのグリル
クレープ

スルジ山食後は、スルジ山に登る!
去年7月に復旧したロープウェイで!
それ以前は、内戦の時に壊されたままで、
壊れたロープウェイが山肌に残されていたままだったのだ。
この日は風が強くて、ロープウェイが止まる寸前だったのを、
ぎりぎりのラインで動いていた。
よかった、よかった。

ロープウェイ






ロープウェイ乗り口

爆撃跡がすごい!風が強いのよ~~。
展望台が2階建てになっていて、1階はまだましだったのだけれど、
2階は風で飛ばされそうになった。
そうなりながらも、がんばって、旧市街地の全景は撮ったけど・・・・。
1階にはレストランもあるのだが、レストランのテラスで
地元の会社の方々がパーティーをしていたのだけれど、
あまりの風の強さでグラスが風で飛んで割れまくっていた。
たいへんだわ、ありゃ。                               爆撃跡がすごいテレビ塔

スルジ山からのドブロヴニク旧市街地






スルジ山からの旧市街地全景
スルジ山の十字架










スルジ山にある、内戦の慰霊碑としての十字架

そういえば、スルジ山。
内戦時はかなりの激戦地で、地雷などは撤去されたとのことだったけれど、
万が一のことを考えて、道がない場所は行かないように言われた。
年に1,2度、不発弾や地雷を踏んでしまい、亡くなる方がいるんだとか・・・・。

歴史的にはまだまだ最近の内戦をこの国々に来ると考えさせられるなあ。

と、ドブロヴニクを後にする。

(つづく)

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